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2020年12月07日 [ニュース]

ふたりのシニアの物語…

65歳を迎えたふたりの男がいました。

ふたりは幼馴染。同じ年に同じ街に生まれ、同じような学歴で、同じようなランクの会社に勤め、同じような結婚をして、同じような家庭を持ち、同じようなキャリアを積んできました。いよいよ高齢者の仲間入りとなりましたが、ふたりを取り巻く環境には大きな違いがありました。

ひとりは、すでに妻とも別れ、子どもたちともつきあいはありません。細々とバイト暮らしをしながら、仕事帰りに安酒を飲み、散らかったワンルームマンションで眠りにつく。そんな日々を送っています。これからは月に15万円程度の年金が入るので、体力的にキツくなってきたバイトの日数を減らせそうだとホッとしています。親しい友人もいないので、休みの日には昼から飲みながら、インターネットで好きな映画を観たり大リーグの試合を観たり。それが唯一の楽しみです。ただ、冬場になると血の巡りが悪くなり、身体の節々が痛み、ベッドで横になって過ごす時間が増えていきます。
ですが、「まあ、天涯孤独のようなものだ。こうしてごまかしながら、誰にも迷惑をかけずに人生を終えられたらそれでいいさ」と達観しています。
そんな彼の子どもたちは、突然いなくなったきり、今日まで何ら父親らしいことをしてくれなかったことに対して批判的ですが、今はただただ、父親にもしものことが起こって、警察や医療機関から連絡が来て面倒に巻き込まれることだけを恐れています。

もうひとりは、すでに独立した子どもたちや孫たちとも頻繁に交流し、笑顔の絶えない日々を送っています。地域のサークル仲間も多く、趣味に興じたり、遠足に出かけたり、懇親の場に集ったりと、忙しくも楽しいシニアライフを謳歌しています。子どもたちは、そんな彼の老後を手分けして支えようと、顔を合わせるたびに体調を気遣い、いざ事が起きたときの段取りについて確認しあっています。経済的にも、たまに商工会議所のセミナー講師を務めて収入を得ています。加えて、年金の他に、子どもたちから月々の小遣いをもらっています。


さて…。
物心ついてから半世紀以上も、一見同じような道を歩んできたふたりですが、どうしてこうも開きのある老後を送ることになってしまったのでしょうか?

同じような半生を送ってきたふたりですが、実は、ただひとつ違うことがありました。それが、老い支度。いわゆる終活です。

ひとりのほうは、離婚したことも手伝って、前妻はもちろん、子どもたちとの接触も途絶えていました。独り身なので、老後のこともケセラセラといった感じで、いつ倒れても誰にも迷惑をかけることもないだろうとタカを括っていたのです。
しかしながら、彼は80歳を目前に、ゴミ出しの際に倒れ込みます。通りがかった近所の人が救急車を呼んでくれて病院に搬送されました。脳梗塞でした。一命は取り止めたものの、後遺症が残り、だれかの介助なしでは生活がままならなくなりました。病院からの連絡を受けた自治体の職員が調査にあたり、彼の身元が明らかになります。

そして、別れた妻と長男に連絡が入ります。とうに忘れていた父親が病いに倒れ、介護が必要であると伝えられます。まさに青天の霹靂です。3人の子どもたちもみな家庭を持っており、それぞれの事情を抱えています。そこへもってきて父親の介護など、余裕がありませんでした。そもそもネガティブな感情が先に立ち、厄介者の押しつけ合いになります。じきに、父親の預金が70万円ほどあることがわかりました。こんどは、その70万円の分け方で仲違いがはじまります。誰ひとり、父親の介護まわりのことには関わりたがらないのに、です。治療を終えた彼は、搬送先の病院の図らいで療養できる地方の病院に移りますが、そことて何ヶ月も滞在できるはずもありません。やがて認知症の兆しが見え始めます。こうなると、大変なのは子どもたちです。とりあえず、ひとり娘がやむなく医療や介護の事務手続きに奔走しますが、月々の支払いも持ち出ししなければならない状況です。知らん顔の兄弟とは、それぞれの配偶者も巻き込んで次第に犬猿の仲となります。そうこうするうちに、こんどは母親にも認知症の症状が出始めます。

こうなるともう、子どもたちは完全にお手上げです。自分たちはどうして親のことでこんなに大変な思いをしなければならないのか...。
苛立たしい想いが溢れてきます。それでも、親子の縁は死ぬまで切れないのです。両親をうらむようになるのは必然のことだったかもしれません。
最終的に、両親とも費用の安価な公的施設に入所し、父親が6年、母親が9年、そこで過ごしました。年金だけでは賄えず、子どもたちが月に数万円ずつ補填してやりくりをしました。子どもたちは、今でも異口同音にこう言っています。「うちの親はホント手がかかったよなぁ。何にも段取りをしておいてくれなかったばかりか、おカネもかかった。自分は、子どものためにも、あんな風にだけはなりたくない」と。

さて、もうひとりは、ちょっと違いました。
ある時たまたま手にした終活本の内容に納得した彼は、いつ何があるかわからないという危機感と当事者意識を掻き立てられました。そして、その本に書かれていたとおり、50歳になったときから、3人の子どもに非課税の範囲内でおカネを移管していったのです。65歳になるまでには、エンディングを迎えるまでに遭遇しそうな老後の課題について、その時点での望みと、子どもたちに頼みたいことを書き出しておきました。加えてサポートしてもらうのに必要と思われるおカネの財源を明らかにして、ことが起こる前に子どもたちに渡しておきました。そして年に一度、そのエンディングまでのプランを見直して、変更があってもなくても子どもたちと向き合う時間を作って聴かせたのです。

おカネについては、年金が振り込まれる口座だけを残して、若干の株も売却してすべて現金化します。預金と合わせて約3千万円を、贈与税に配慮しながら生命保険と現金で等分して移管しました。そして、子どもたちからは、毎月3万円ずつ小遣いをもらうというルールを取り決めておきました。子ども側は、父親が50歳のときから贈与してくれた1500万円に加えて、さらに1000万円を生前相続されたことになります。他に、老後支援にかかる経費相当の現金を引き継いでいるわけです。

結果、子どもたちにも、自然と父親の老後を支えようという覚悟が芽生えていきました。父親は75歳を過ぎた頃から、動脈瘤の手術をしたり、要介護になったりで、さいごは老人ホームでの療養生活となりますが、あらかじめ希望していたように子どもたちが段取りと手続きをしてくれました。86歳で他界するまで、葬儀や死後事務も含めて、彼自身が描いたとおりの人生をまっとうすることができたのです。命日が来るたびに、子どもたちは父親の思い出話に花を咲かせています。

「うちの親はさぁ、何から何までプランしておいてくれたしね。そのためのおカネまで先に渡しておいてくれたから、すべてがスムーズにいったよね。僕らが手続きや費用のことで悩むことは一切なかったじゃん。助かったよな〜。自分も父親を見習ってさ。子どもたちに負担をかけないように、そろそろ親父がやってたみたいにそなえはじめなきゃって思ってるところなんだ」


ふたりの男の物語はここまでです。
読んでくださったみなさんはどうでしょうか?
天国に行ってからも、お子さんたちに感謝の言葉を口にしてほしいですか?
それとも、死んだ後もずっとネガティブな話題の主として登場したいですか?

まさかは突然だけどやってきます。
まさかは必ずやってきます。
親のまさかは子のまさかです。

なのに、どうしてそなえないのですか?


もしもそなえ方がわからないという方は、百寿コンシェルジュにお気軽にご一報ください。
永遠の親子愛で紡ぐ真の終活をガイドさせていただきます...。

百寿グループ代表の山崎宏が、終活についての想いを語っています。
ご興味のある方は、こちらからどうぞ。 
https://www.kakugo.tv/person/detk9i4zb.html





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