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2020年08月18日 [ニュース]

上に立つものの条件 〜タイタニック号とジュリアス・シーザー〜

1912年の春、20世紀最大の海難事故と言われるタイタニック号事件というのがありました。乗客・乗組員合わせてざっと2200名に対して、救命船の定員は650名。大まかに言って3人に1人しか助からないわけです。しかし、いろいろな記録を読み解いてみて興味深く感じたのは、この究極の命の選別において、現場がさしたる修羅場に陥らなかったようだということです。みなさんが乗船していたとしたらどうでしょうか?

答えは簡単です。乗り合わせた人のほとんどがキリスト教を信仰していたためである……。そう複数の学者が論じています。キリスト教が種の保存を基本戦略とする文化であるがゆえ、子どもを産める若い女性や未来ある乳幼児から優先的に助け、生殖能力のない高齢者たちには海底に沈んでもらうという暗黙の了解があったのだろうというわけです。こうした絶対的な判断基準があれば、究極の選択を迫られた場合でも問題は少ないのかもしれません。

ところが、日本には欧米ほど宗教が根づいていません。ならばその時、みなさんが船長だったとしたら選別の根拠をどうするのか。ちょっと考えてみて欲しいのです。そこには明確なる判断基準があって然るべきです。当事者をある程度納得させるだけの何かがいるはずです。それがないと暴動が起こりかねません。もしも上に立つ者に何も判断基準がないままに重大なジャッジを下すようなことがあれば、乗客たちはその決定を甘受しない可能性が高い。だから、選別の権限を持つ者には、誰を選んで誰を選ばないのか、その根拠が求められることになります。それだけの責任と覚悟が求められるということを、十分に認識しなければならないのです。

しかし、判断の根拠と、上に立つ者としての責任と覚悟だけではまだ足りません。多くの組織が導入に躍起になっている人事評価制度についても、ゴールの見えない暗中模索が続いています。結局、誰しもが気づいているように、完全に客観的で公平な評価などありえないのです。どんなにシステマティックな制度を構築しても、上司が鉛筆をなめざるを得ない局面がどこかで必ず訪れます。そのことを理解していれば、部下を評価する立場にある者は、自分がなぜ部下を評価する立場にいるのか、そのことの意味を深く考え、肝に銘じておかなければいけません。

つまり、上司というのは、ただ単に勤続年数が長いとか年長者だというだけであぐらをかいてはいけない立場なのです。ジャッジするに足るだけの資格がいる。ジャッジするためには、人の上に立つだけの資格がいるということです。いったい、その資格とは何なのでしょうか。

さらに時代は遡ります。古代ローマの共和政末期のこと。歴史上最も人心掌握に長けたリーダーと称されるカエサルがいました。ジュリアス・シーザーです。日本の企業経営者が最も好む歴史上の人物は徳川家康。一方、ユーロ圏ではカエサル人気が絶大です。なぜでしょうか。カエサル研究の第一人者である塩野七生氏によれば、その人望が最大の要因ということになります。

ガリア遠征から数十万の臣下と奴隷を引き連れてローマ凱旋途上にあったカエサル。ローマで待つ政敵たちがカエサルに反旗を翻そうとしているらしいと、彼の耳にはすでに入っています。当時は、属領地からローマに帰還する際には武装解除することが法で定められていました。その境に流れていたのがルビコン河です。究極の選択に悩みに悩み、ついに決断したカエサルは天を仰ぎ、例の有名な言葉を吐くのです。

「ここを渡れば人間界の悲惨。ここに残れば我が身の破滅……。進もう。神々の待つ所へ。我らを愚弄した敵の待つ所へ。サイは投げられた」

要は、「武装したままルビコン河を渡れ」と大号令をかけたのです。この名フレーズに対し、臣下の兵士のみならず、カエサルによって征服された奴隷たちまでもが、カエサルの力になろうと棒きれや石つぶてを手に決起の雄叫びを上げたというのですから驚きです。カエサルによって故郷を失い、身内や仲間をも失ったかもしれない人たちをして味方に取りこんでしまうカエサルとはいったいどんな人物だったのか。時代を超えて興味津々です。

いずれにせよ、これ一重にカエサルの人望の賜物だと言われています。上に立つ者には人望がなければなりません。これこそが、上に立つ者の資格であり、これが備わっていればこそ、究極場面での命令に対しても部下たちが納得する確率が高まるのだと思います。上が下したジャッジに対して、部下をして「まぁ、あの人が言うのであれば仕方がない」と言わしめるだけの人間でなければダメなのです。これが人望というものなのです。


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