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2020年08月17日 [ニュース]

上司失格  〜今も消えないファミリアのテールランプ〜

1997年1月6日、粉雪舞う新潟にひとりの若者が降り立った。外資系コンピューター会社に勤務する36歳の彼は、キャリアパスの一環で2年間の地方支店配属を言い渡されたのだ。当時の新潟支店は、18人の小所帯。それまで6年連続で予算未達という悲惨な状況であった。それだけに彼には期することがあった。「この俺が7年ぶりに予算を到達してみせる」と意気込んでいた。

着任の挨拶もそこそこに、彼は言った。「今年の暮れこそは美酒に酔いしれよう。そのためにどうすればノルマを達成できるのか、みんなの忌憚ない意見を聴かせてほしい。ついては、新年度の初日から済まないが、今日の午後3時間ほどディスカッションの場を設けたいので時間を作ってもらいたい」。

メンバーの半数は彼より年長、残りの半数は彼の後輩だった。だが、いずれも、東京から来た若きリーダーに期待を寄せていたのだろう。会議が始まるや、思い思いに積極的に意見を言い出した。おそらくは年末の栄冠を夢見ながら。当初は冷静に耳を傾けていた彼だったが、ものの30分もすると、明らかに焦れだした。と言うのも、新潟着任時点で今期の新潟支店の営業戦略はすでに決定しており、この会議はただのガス抜きにすぎなかったからだ。

果たして彼は、部下の発言に口を挟み始める。

「なるほど。しかし、そうだからこれまでダメだったんじゃないですか」
「顧客ごとのきめこまかい営業? それ、コストの裏づけはどうなりますか」
「ううん、なんと言うか・・・POOR!」

彼の態度の変化に気づき、部下たちは次第に口が重くなっていった。そしてこれ以降、毎週月曜日に行われる営業会議では発言する者がほとんどいなくなる。彼の着任から一ヶ月もすると、会議は彼の一方通行となった。それと併せて職場のムードは暗くなり、彼がすれ違う部下に声をかけても返ってこなくなった。彼が昼食を終えてオフィスに戻ると、それまで楽しそうに会話をしていた部下たちの輪が解け、三々五々に散っていった。それでも彼はいいと思っていた。「そんなの関係ないね。数字さえクリアすればいいのだ。勝てば官軍だよ」

が、お盆休みが明けると困った事態が発生した。東京の本社から、18名の部下のうち、4名を孫会社に転籍させるよう命令が下りたのだ。ここで初めて、彼ははたと困った。なぜなら、部下の誰一人についても彼は何も知らなかったからだ。考えあぐねた彼は、手段を選ばず、長年新潟支店に勤務している秘書の女性に助けを求める。

「キミの力を貸してほしい。これまで新潟をひっぱってきたコアなメンバーを4人、キミの判断でいいからピックアップしてくれないか。で、その4人と隔週一回、夜一時間ほど会食する場を作ってもらいたい」。

こうした流れで、9月から隔週水曜日の夜、オフタイムの会議が始まった。10月末までに転籍させる4人のメンバーを選ぶために、18名全員のスコアづけをしてほしい旨を伝えるのだった。当時の評価システムは、業績・能力・情意(勤務態度)の3カテゴリー。新潟全体として業績は散々だったし、情意など彼の眼中にはなかった。そこで彼は、能力だけにフォーカスして部下たちをランクづけしようとした。能力の指標は、インダストリースキル・テクニカルスキル・コミュニケーションスキル3分野で各5段階評価の15点満点。この一点に絞って採点させたのだ。

9月下旬には4人のメンバーによる採点結果が提出された。彼は秘書にエクセルで単純集計させ、18人の部下を得点順に並べさせた。そして下位4名に対して、本社に転籍辞令の発行を申請した。つまり、彼自身何も知らない18名の部下を選抜メンバー4人のバイアスのかかった情報だけを拠り所にクビにしたのだ。

信じられない! 今日であれば、パワハラか管理職失格か。それどころか、転職先の確保もままならない今の時代においては、部下の人生そのものを狂わせてしまいかねない暴挙である。バブルがはじけたとはいえ、当時はまだまだ良かったと言えるかもしれない。月々の手取りが30%減るだけで、次の仕事は保証されていたからだ。

結局、その年の新潟は予算達成は叶わなかった。気持ちを切り替え、来年度こそはと決意を期する彼だったが、年末年始に帰京のための荷造りをしていた彼のマンションに、ひとりの女性が訪ねてくる。時計の針は22時を回っている。部屋のモニターを見る限り、見覚えがない。

「どなたですか?」

見知らぬ女性がどこかとげとげしく答える。

「会社でいつもお世話になっている後藤の家内です」。

玄関の戸を開けると、すぐ目の前に般若の形相があった。

「夜分遅くに申し訳ないですが、なぜうちの主人が転籍させられるのか、支店長さんから直接伺いたくてやってきました」

内心、「そういうことか」と思いあたった彼は、本人に告げた時と同じようにドライに言う。

「お気持ちはわかりますが、ご本人にお伝えした通りです。それ以上、何も申し上げられることはありません」

女性の眉間のしわがピクピクと震えるのがわかる。

「なぜ18人の中から主人が選ばれたのか、支店長さんの口から聞かせていただきたいのです」
「いや、社内の人事評価に基づく結果であり、内容についてはご主人に伝え、納得していただきました。ご本人からお聞きになってください」
簡単に引き下がろうとしない彼女に言う。
「残念ですが、これは決定事項です。どうにもなりません」

彼にしても、できることなら真摯に対応したいという気持ちはあったが、そうできないもどかしさゆえ、国会答弁のような無機質な言葉を繰り返さざるを得なかったのだ。

どれくらいの時間が経過しただろう。玄関口でいきり立っていた彼女は「もう結構です!」という言葉とともに、ドアを足蹴にしてきびすを返した。数秒の間をおいて、彼は何を思ったか、サイドボードの上にあった財布の中にあった一万円札4枚を抜き取り、階下の駐車場に彼女を追った。そして、エンジンをふかしている運転席の窓を叩き、いぶかしそうな視線を送る彼女にこう言った。

「これで、娘さんたちにケーキでも買って行ってあげてください」
鬼の形相が再び。

「はぁ?! どういうつもりですか!」
「いや、あなたにではなく、娘さんたちにですから」

運転席の窓越しに、4万円を間に押し問答が始まった。やりとりのなかで強烈な冷たい気配を感じて後部座席に目をやると、暗がりの中にまっしろい三日月のような視線があった。ふたりの娘が彼を親の仇とでもいうように睨みつけていたのである。背筋が凍るような想い。それとは逆にあぶら汗がトロリ。

ふと気づけば、駐車場の入口でクラクションが鳴っていた。マンションの別の住人が帰ってきたのだろう。それを合図に、彼女は4万円をむしりとるようにして割烹着のポケットに押し込むと、慌ただしくターンして走り去った。彼はまだ雪の残る沿道まで出て、湾曲した道の向こう側に見えなくなるまで、ファミリアのテールランプを追っていた……。

この一件以来、このテールランプが彼のトラウマになった。今でも、このテールランプを夢に見て夜中に飛び起きることがある。体調を崩したり、深酒をしたりした時には特にそうだ。翌年、彼は会社を辞めた。もうあれから20数年が経った……。

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上司のジャッジは、部下の仕事のみならず、人生全般の浮沈を握っていると言ってもいいでしょう。次の働き口がそうそう簡単には見つからない今日においては尚さらのことです。平日ハローワークに行ってみるとわかります。失業給付を受けようとする、まだまだ働き盛りの年代の人たちでごったがえしています。

ハローワークの人に聞いたのですが、現役世代の退職理由は、いつの時代も、上司との人間関係によるところが断トツに多いのだそうです。人間はただ単に仕事がキツいというだけでは会社を辞めないものです。もちろん、職場に相性の悪い同僚がいたとしても、それが直接の退職理由にはなりません。しかし、自分を評価する立場のひとと折り合いが悪かったとしたらどうでしょう。上司との関係がうまくなっていない部下は、しばらくは試行錯誤したり、上司が異動するのを期待したりしながら過ごします。でも、なかなか事態は好転しない。その間も、上司からのネガティブなストロークが繰り返されていく。そして、心のスタンプカードがめいっぱい押されたとき、人は転職に舵を取るのだと思います。

多くの場合、やはり上司の立場のほうが優位なのです。一部の外資系企業が取り入れているような部下が上司を評価するという試みは、一般に浸透するまでまだまだ時間がかかるでしょう。ですから、何かの縁で預かることになった部下を、「好き・嫌い」とか「合う・合わない」とか「デキる・デキない」とか「使える・使えない」とか、そんなことで評価してはいけません。ましてや、部下のことをろくに知りもしないで評価するなどもってのほかです。相手によってはケツをまくられ、上層部に直訴されたり、時には命の危険にさらされたりすることだってあるかもしれませんからね。とは言え、それでもやはり、上に立つ者は、時に非情な采配をしなければならない局面に出くわすものです。そう。上司というものは、ジャッジしなければならないのです。


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